【理論が好きな英語教師の、現場メモ③】

話させれば伸びる、は本当か


英語の授業で、
「話す活動」を入れない日は、ほとんどありません。

ペアでやりとりをさせる。
簡単な質問に英語で答えさせる。
短くてもいいから、声に出させる。

授業としては成立しているし、
教室もそれなりに盛り上がっている。

それでも、ふとこんなことを思う瞬間があります。

話してはいるけれど、
本当に伸びているんだろうか。


「アウトプットが大事だ」
英語教師なら、一度はそう教わっています。

だから、
話す活動を入れる。
とにかく発話量を確保する。

それ自体は、間違っていません。

でも、アウトプット仮説が言っているのは、
「話すこと」そのものが大事だ
という話ではありません。


ここで、少しだけ整理します。

アウトプット仮説は、
「学習者が言語を使おうとする過程で、
自分の知識の足りなさに気づくこと」に
意味がある、と考えます。

言い換えるなら、

  • 言おうとして、言えなかった
  • 伝わらなくて、言い直した
  • あれ?この言い方で合っているのか?と迷った

こうしたズレや引っかかりが起きることに、
アウトプットの価値がある。


ところが、現場ではこんな場面もよく見ます。

  • 台本どおりに言えている
  • 教科書の表現をそのままなぞっている
  • 間違えないように、短く終わらせている

確かに「話して」はいます。
でも、そこに
気づきや試行錯誤が起きているかは、
少し怪しい。


私自身、こうした「ズレ」や「引っかかり」を、
授業中だけで終わらせないようにしています。

言語活動のあとには、
振り返りの場面で、

  • 言おうとして、言えなかったこと
  • 伝わらなくて、言い直した場面
  • 「この言い方で合っているのか」と迷った瞬間

こうした観点で、
自分の言語活動を振り返らせることが多いです。

うまく言えたかどうかよりも、
何に引っかかったかに目を向ける。

そうすることで、
アウトプットが
ただの「発話量」ではなく、
次の学習につながる経験になると考えています。


ここで大切なのは、
アウトプットを否定することではありません。

むしろ逆です。

アウトプットを「何のために入れるのか」
を、もう一度考えること。


たとえば、

  • 今は、言語を引き出す段階なのか
  • それとも、まだ蓄える段階なのか
  • 話すことで、何に気づいてほしいのか

そうした問いを持たずに
「とりあえず話させる」だけになると、
アウトプットは、ただの作業になってしまいます。


だから私は、
こんなふうに考えるようになりました。

アウトプットは、
いつでも必要なものではない。

でも、

必要なときに入れられなければ、
意味を持たない。


今日は話させない、という判断。
今日は聞かせる時間を長く取る、という選択。

それは、
アウトプットを軽視しているのではなく、
アウトプットの力を信じているからこそ
の判断かもしれません。


アウトプット仮説は、
「話す活動を増やせ」と
命令する理論ではありません。

話す活動を入れる理由を、
あとから説明できるようにする理論

だと思っています。


次に考えたいのは、
一人で話すことだけではありません。

やりとりの中で起きるズレや修正には、
どんな意味があるのか。

次回は、
インタラクション仮説を手がかりに、
「やりとりは、なぜ大事だと言われるのか」
を考えてみます。


アウトプットは、
量ではなく、
タイミングと中身

そのことを、
自分の授業に問い返すための視点として、
この仮説を置いておきたいと思います。