【理論が好きな英語教師の、現場メモ⑨】

英語は、何歳からでも本当に伸びるのか


臨界期仮説とは、
言語習得には、年齢と関係する側面がある
とする考え方です。

研究によって幅はありますが、
一般には幼少期から思春期前後(およそ10〜12歳頃)まで
が、一つの目安として語られることが多いとされています。


ただし、ここで言われている「有利さ」は、
英語学習全体の話ではありません。

特に指摘されるのは、
音声面――発音や音の聞き分け
です。

リズムやイントネーション、母語にない音を
直感的に捉える力は、年齢が低いほど
有利になりやすいと考えられています。


一方で、語彙や文法、
意味を考えながら使う力については、
必ずしも年齢が不利に働くとは限りません。

むしろ、
思考力やメタ認知が発達した学習者は、
意識的に言語を捉え、整理しながら学ぶ
という別の強みを持っています。


臨界期仮説は、
生成文法の考え方とも関係しています。

言語には生得的な仕組みがあり、
それが最も自然に働く時期がある、
という発想です。

ただ、それは
「その時期を過ぎたら
言語が身につかない」
という意味ではありません。


臨界期仮説が示しているのは、
可能性が消える年齢ではなく、
学び方や伸び方が
変わっていく可能性

だと、私は捉えています。


英語の授業で、
生徒からこんな言葉を聞くことがあります。

「もう遅いですよね。」
「小さい頃からやってないし。」

その言葉には、諦めというより、
不安が混ざっているように感じます。


教師として、どう返せばいいのか。

「そんなことないよ」と
励ますだけでいいのか。
「努力次第だよ」と
言い切っていいのか。

私はいつも、少し立ち止まります。


臨界期仮説を
「年齢で可能性が決まる理論」
として受け取ってしまうと、
この問いにはうまく答えられません。

でも、伸び方が変わる理論
として捉えると、
見え方が変わってきます。


中学生や高校生は、
子どもとは違う力を持っています。

  • 意味を考える力
  • 比較する力
  • 振り返る力
  • 自分の学びを言葉にする力

これらは、後から英語を学ぶ人にとって、
大きな武器になります。


第6回で触れた
情意フィルターの視点で見ると、
「もう遅い」という思い込みは、
学習を始める前に
フィルターを上げてしまう言葉
でもあります。


だから私は、
「早い・遅い」という軸で
生徒を見ないようにしています。

代わりに、こう問いかけます。

「今、どこでつまずいている?」
「何が分かれば、次に進めそう?」


第8回で扱った
自然習得順序仮説とも、ここはつながります。

学習は、年齢に関係なく、
一直線には進みません。

止まり、戻り、
遠回りしながら、
形になっていきます。


臨界期仮説を教師の側の視点で捉えると、
実は、指導が少し楽になる理論
でもあります。


まず一つ目は、
焦らなくてよくなる
という点です。

同じ学年でも、
伸び方は大きく違います。

それを
「早い・遅い」で比べ始めると、
教師の側が消耗してしまいます。

臨界期仮説を知っていると、
「今はこの伸び方なんだ」と、
一度立ち止まれる。

これは、教師にとって大きな安心です。


二つ目は、
指導の失敗を
自分だけの責任にしなくてよくなる

ことです。

教えた。工夫した。
でも、すぐには伸びない。

そんなとき、
臨界期仮説は「方法が間違っている」と
即断しない視点をくれます。


三つ目は、
期待を下げずに、目標を調整できる
という点です。

「できるようになる」ことを
諦めるのではなく、
「どのレベルを、どの形で目指すか」を
考え直せる。

これは、教師の判断を
とても前向きにします。


さらに、
臨界期仮説を知っていることは、
評価や進路の場面でも、
教師の判断を支えてくれます。


たとえば、
思うように英語が伸びない生徒を前にしたとき。

成績だけを見れば、
「努力不足」
「向いていない」
と片づけてしまいそうになる。

でも、臨界期仮説の視点があると、
こう考え直せます。

「今は、伸び方がゆっくりな時期なのかもしれない」


これは、
評価を甘くすることとは違います。

今、何を評価し、
何を次につなげるかを
選び直している

という判断です。


また、保護者や生徒から
「この先、大丈夫でしょうか」
と聞かれたときにも、
教師の言葉が変わります。

「大丈夫です」と
根拠なく励ますのでもなく、
「厳しいです」と
可能性を閉じるのでもない。

「年齢によって
伸び方は変わります。
でも、
学びが止まったわけではありません」

そう説明できることは、
教師自身を守ることにも
つながります。


進路を考える場面でも同じです。

「できる・できない」
の二択ではなく、
「どんな力を、
どんな形で伸ばしてきたか」

を言葉にできる。

これは、パフォーマンステストや
これまでの評価観とも
自然につながります。


臨界期仮説は、
生徒の可能性を
狭めるための理論ではありません。

教師が、判断を説明できるようになるための支え
だと、私は思っています。


「もう遅い」と感じている生徒に、
私はこう伝えたい。

「大丈夫。
伸び方は違っても、
学びはここから始まる。」