【理論が好きな英語教師の、現場メモ⑥】

なぜ、分からなさは不安になるのか


英語の授業をしていると、
こんな場面に出会います。

説明も聞いている。
活動にも参加している。
でも、
いざ英語を使う場面になると、
急に黙ってしまう。

「分からないから」
ではない気がする瞬間。


私たちはつい、
こう考えてしまいがちです。

まだ力が足りないのかな
もっと練習が必要なのかな

でも、
それだけでは説明できない場面が、
教室にはたくさんあります。


情意フィルター仮説は、
学習者の不安や緊張、
失敗への恐れが、
インプットの通過を妨げる
と考えます。

簡単に言えば、
頭に入ってきたはずの英語が、
学習として処理される前に、
止められてしまう。


ここで大切なのは、
情意フィルターを
「やる気の問題」や
「性格の問題」に
置き換えないことです。

多くの場合、
生徒は
分からなさそのものよりも、
分からない状態でいること

に不安を感じています。


第5回で触れた
Noticingの場面を思い出します。

生徒が止まる。
言えない。
迷う。

この瞬間は、
本来なら
学習が始まる入り口です。

でも、
ここで不安が強くなると、
その入り口は、
すぐに閉じてしまいます。


だから私は、
すべてのズレを
その場で正そうとはしません。

あえて待つ。
あえて拾いすぎない。
あえて「今は大丈夫」と伝える。

それは、
学習を甘やかしているのではなく、
学習が続く条件を整えている
という判断です。


実際の授業では、
情意フィルターを下げるために、
特別なことをしているわけではありません。

むしろ、
ごく小さな判断を積み重ねています。

たとえば、

  • 言いよどんでいる生徒に、
    すぐ答えを与えず、
    「今、考えているところだよね」と声をかける
  • うまく言えなかったやりとりを、
    その場で評価せず、
    あとから振り返りの中で扱う
  • 活動の途中で、
    「全部言えなくて大丈夫」
    「今は伝わろうとしているだけでいい」
    というメッセージを意図的に伝える

こうした関わりは、
不安をなくすためというより、
不安が学習を止めないようにするため
のものです。


情意フィルター仮説は、
「優しい授業をしよう」
というメッセージではありません。

学習が止まる瞬間を、
見誤らないための視点

だと思っています。


インプット、アウトプット、
インタラクション、
Noticing。

どれも、
学習が起きる条件です。

でも、
安心できない状態では、
その条件は
機能しなくなる。


だから、
教師の仕事は、
不安をゼロにすることではなく、
不安が学習を止めない程度に保つこと
なのかもしれません。


次回は、
ここまで考えてきた理論を、
「評価」という視点から見直します。

私たちは、
何を見て、
何を評価しているのか。

第7回では、
パフォーマンステストと
第二言語習得理論の関係を
考えてみます。