はじめに

英語教育に携わる者の多くが、何となく感じている現象がある。それは、小学校で英語を「好き」だった児童が、中学校に入ってからその気持ちを失っていくという構図である。文部科学省や各自治体の調査でも、小6から中1にかけて「英語が好き」と答える子どもの割合が落ち込む傾向は、繰り返し指摘されてきた。

先日、ある研修の場で複数年度にわたる学力調査と意識調査のデータを読み解く機会があった。そこで見えてきたのは、より構造的な現象だった——中1では自治体の平均正答率が都道府県平均を下回り、中2になると逆に都道府県平均を上回る。しかも、それが単年度の偶然ではなく、複数年度にわたって一貫して観察される。

単年度のブレではない以上、そこには構造的な要因があると考えるのが妥当だろう。本稿では、この現象を出発点に、小中接続のあり方と中学校英語教育の入門期指導について、現場の視点から考えてみたい。

データが示す「中1マイナス・中2プラス」の構造

具体的な数値は伏せるが、傾向だけを言えばこうだ。中1では複数年度にわたって都道府県平均を下回り、中2では同じく複数年度にわたって都道府県平均を上回る——この構造が、観察できる。さらに「正答率が極めて低い層(学習についていけていない層)」の割合も、中学校段階で決して小さくない水準にある。

意識調査の結果も併せて見ると、もう一つ重要な乖離が見えてくる。「英語の勉強は大切だ」「英語の授業で学んだことは将来役立つ」と答える生徒は、各学年で9割以上にのぼる。価値認識は確立していると言ってよい。

ところが、「将来、積極的に英語を使う生活をしたり職業に就いたりしたい」と答える生徒は、半数程度にとどまる。「英語の授業がよく分かる」も、中学校段階では7〜8割程度。価値は認めているが、自分が使う未来像は描けず、授業内容も全員に届いているわけではない——これが現在の中学生の英語学習者像である。

第二言語習得研究の用語を借りれば、道具的動機(instrumental motivation)は高いが、統合的動機(integrative motivation)が弱く、自己効力感(self-efficacy)が育っていない状態だと言える。長期的な言語学習の継続には統合的動機が決定的に重要だとされており、ここが弱いままだと、中3以降の伸びが頭打ちになるリスクがある。

なぜ中1で下がり、中2で上がるのか

この逆転現象をどう読み解くか。私は、以下のように考えている。

“第一に、中学校段階の指導は機能している。” 中2で複数年度にわたって都道府県平均を上回っているという事実は、中学校の英語指導が無効だということを意味しない。むしろ、1年間の指導を経て平均を超える水準まで生徒を引き上げる力が、中学校現場にあると見るべきである。

“第二に、課題は中1の入門期に集中している可能性が高い。” 中1スタート時点で平均を下回っているということは、小学校英語の成果が中学校に十分接続されていないか、あるいは中1の指導設計そのものが、小学校で積み上げてきた力を活かしきれていないか——その両方かもしれない。

令和3年度の新学習指導要領以降、中1で扱う語彙数は旧課程比で大きく増加した。小学校で学んだ数百語が「既習」として扱われる前提に立っている。しかし、現場の感覚として、その「既習」の中身には大きな個人差がある。appleは読めてもvegetableは読めない、I like ~は言えても書けない——こうした状態の生徒が、新出語彙の波に呑まれていく構図が、中1の最初の数か月で進行している可能性は高い。

第三に、意識面の乖離が示すもの。「大切」「役立つ」と9割以上が答えているのに、「使いたい」は半数程度。この乖離は、英語が「学ぶべき教科」としては受け入れられているが、「自分の生活と地続きのもの」としては受け止められていないことを示している。

中学校英語教師として意識すべきこと

以上の分析を踏まえ、中学校英語教師『特に中1を担当する教員として』意識すべきことを4点に絞って提示したい。

1. 中1一学期は「教える」より「つなぐ」期間と捉える

中1の最初の数週間で、小学校での学びと中学校での学びを橋渡しする意識が必要だ。具体的には、アルファベットの「名前」と「音」の区別、基本的な綴り字-音対応の指導(フォニックス)を、明示的に時間を割いて扱うこと。「小学校で習っているはず」と前提を置かず、音と文字の接続をゼロから丁寧にやり直すことが、その後の3年間の学習を支える土台になる。

中1の入門期を、新しい知識を詰め込む期間ではなく、小学校で積み上げてきたものを「中学校英語の枠組み」に再配置する期間として設計し直す——この発想の転換が鍵になる。

2. 「分かる授業」を全員に保証する

「英語の授業がよく分かる」と答える生徒が7〜8割にとどまるということは、2〜3割の生徒が「分からない感覚」を抱えて授業を受けていることを意味する。スモールステップ、可視化、ペアでの確認、形成的評価による「できた」の見える化——これらを徹底し、最初の単元で「自分は中学校英語についていけない」という自己効力感の低下を起こさせないこと。中1で「英語が嫌いになった生徒」の回復は、極めて難しい。

3. 評価を通じて「使う英語」のメッセージを送る

「使いたい」が半数程度にとどまる背景には、評価される英語と使う英語の乖離があると考える。ペーパーテストの文法穴埋めだけで評価が完結すると、生徒は「英語=正解を当てるもの」と認識する。パフォーマンス評価の比重を確保し、「使えるようになった」を評価の中で可視化する。評価設計は、教師が考える以上に強いメッセージを生徒に送っている。

4. ボトム層への構造的アプローチ

学習についていけていない層が一定割合存在するという現実は、通常授業の工夫だけでは対応しきれない。机間指導の質、ペア編成の意図性、宿題の差別化、ICTを活用した個別最適化——多層的なアプローチが求められる。「全員一律」の指導で取り残される層がいるという事実から、目を逸らさないことが出発点になる。

小中連携の具体的方策——「言葉だけ」にしないために

「小中連携」は、多くの自治体で言葉ばかりが先行し、実体が伴わない領域である。実効性のある方策を、難易度順に提示したい。

(1) 相互の授業参観

中学校教員が小6の授業を、小学校教員が中1の授業を参観する。年に1〜2回でも、これがあるとないとでは、相手校種への理解が全く違う。「小学校で何を、どのように扱っているか」を中学校教員が体感として知ることが、入門期指導の質を変える。

(2) Can-Doリストの一貫化

小5から中3までを貫くCan-Doリストを、地域として共有する。「小学校で何ができるようになっているはずか」を中学校が把握でき、「中学校で何が必要か」から逆算して小学校が指導できる。教育委員会主導でないと難しい部分だが、効果は大きい。

(3) 共通のパフォーマンス評価

小6終了時と中1開始時に、同じパフォーマンステスト(例:自己紹介スピーチ30秒)を共通ルーブリックで実施する。これにより、小中の接続点で何が伸び・何が落ちているかが可視化される。データに基づく対話が、小中連携を「言葉だけ」から「実質」に変える鍵になる。

(4) 中1移行プログラムの明示化

中1の4〜6月を「移行期間」と明示的に位置づけ、専用カリキュラムを組む。最初の2週間はフォニックス集中指導、4〜5月は小学校英語のリサイクルと体系化、6月以降に本格的な中学校英語へ——こうした段階的な設計を、英語科として合意することが望ましい。

おわりに——「中学校の問題」ではなく「接続の問題」として

中1で平均を下回り、中2で平均を上回るというデータは、しばしば「中1の指導の問題」として読まれがちだ。しかし私は、これを**「小中接続の問題」として捉え直す**べきだと考える。中学校段階の指導が中2で機能していることは、データが裏付けている。だからこそ、テコ入れすべきは中1スタート時の接続設計であり、それは中学校だけでも小学校だけでも完結しない。

教育行政には、小中の英語科教員が定期的に対話できる場を、研修や合同研究会という形で継続的に設けてほしい。同じデータを見ながら、小中の現場が議論できる場は、極めて貴重である。

そして現場の教員には、目の前の生徒が “「小学校で積み上げてきたもの」を持って中学校に来ている” という前提に立った指導設計を、改めて問い直してほしい。中1の最初の3か月をどう設計するかで、その生徒の英語学習の3年間が大きく変わる。そして、それは生涯にわたる英語との関わり方をも、静かに方向づけていく。

データは、現場の感覚を裏付けることもあれば、思い込みを覆すこともある。今回の調査結果は、私たちに小中接続の重要性を、改めて静かに、しかし確かに示している。