このシリーズでは、
第二言語習得理論について
いくつかの仮説を取り上げてきました。
インプット仮説、
アウトプット仮説、
インタラクション仮説、
自然習得順序仮説、
情意フィルター仮説、
そして臨界期仮説。
並べると、
少し難しそうに見えるかもしれません。
でも、
私がこのシリーズで
一番伝えたかったことは、
理論そのものではありません。
それは、
「理論は、教師が生徒を見る目を
少しやさしく、少し正確にしてくれる」
ということです。
授業をしていると、
どうしても判断を迫られる場面があります。
なぜ、使えないのか。
なぜ、伸びないのか。
なぜ、伝わらないのか。
そのとき、
理論を知らないと、
判断は
「努力」や
「向き・不向き」や
「指導力」
に寄ってしまいがちです。
第二言語習得理論は、
その判断を
少しだけ立ち止まらせてくれます。
「もしかしたら、
今はインプットが足りていないのかもしれない」
「アウトプットの中で、
気づく段階なのかもしれない」
「不安が、
学習を止めているのかもしれない」
そんなふうに、
別の見方を用意してくれる
のが、理論だと思っています。
私は、
理論を
授業の答えにしたいわけではありません。
理論を知ったからといって、
授業が
一気にうまくいくわけでもありません。
でも、
理論を知っていると、
生徒をすぐに評価しきらなくてよくなる。
自分をすぐに責めなくてよくなる。
その余白が、
授業を続ける上で、
とても大切だと感じています。
このシリーズを書きながら、
私自身も改めて思いました。
第二言語習得理論は、
「こう教えなさい」
と指示するものではありません。
「今、何が起きているのかを
考え続けていい」
と、教師に許可をくれるものです。
生徒が間違えるとき。
言葉に詰まるとき。
「もう遅い」と言うとき。
そこには、
必ず理由があります。
その理由を、
一つの仮説として捉えられるかどうかで、
教師の言葉も、
次の授業も、
少しずつ変わっていきます。
もしこのシリーズが、
誰かにとって、
- 生徒を見る目が少し変わった
- 評価のときに一度立ち止まれた
- 「まだ途中かもしれない」と思えた
そんなきっかけになっていたら、
これ以上うれしいことはありません。
理論は、
教師を縛るためにあるのではなく、
教師が考え続けるためにある。
このシリーズを通して、
そのことが
少しでも伝わっていたら、
幸いです。


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