【第3回】

新しい学習指導要領(素案)から見える「人」の捉え方

~教師と学習者は、どう描かれ直されたのか~

※注意書き

※本記事は、新しい学習指導要領(素案)について、現場の教師の目線で整理したものです。
公式見解や結論を示すものではなく、一つの読み取りとしてお読みください。


「結局、教師は何を求められているのか?」

新しい学習指導要領(素案)に触れると、
多くの教師が、次のような不安や疑問を抱くのではないでしょうか。

  • 教師の役割は、また変わるのか
  • 今までの指導は否定されるのか
  • 「主体的な学び」は、結局どこまで求められるのか

こうした問いは、
単なる制度の話というより、
自分自身の在り方に関わる問題でもあります。

だからこそ、この「教師像・学習者像」の変化は、
慎重に、そして丁寧に見ていく必要があります。


現行の学習指導要領が描いてきた教師像・学習者像

現行の学習指導要領では、
学習者は、

  • 主体的に学びに向かう存在
  • 他者と対話しながら理解を深める存在

として描かれてきました。

それに対応して、教師には、

  • 学習活動を設計する役割
  • 学びを支え、導く役割

が求められてきたと言えるでしょう。

この整理は、すでに多くの現場で共有され、
「主体的・対話的で深い学び」という言葉も、
特別なものではなくなっています。


素案から感じる「人の描き方」の変化

新しい学習指導要領(素案)を読んでいくと、
教師像・学習者像が、
大きく書き換えられているわけではありません。

ただし、文章全体から感じられるのは、
人を「役割」ではなく「関係性の中の存在」として描こうとしている
という点です。

  • 学習者は、あらかじめ主体的なのではなく
    学びの中で主体性を獲得していく存在
  • 教師は、常に前に立つ指導者というより
    学びの過程をともに調整する存在

そうした描写が、
以前よりも強調されているように感じられます。


「教える人」から「学びを支える人」へ、では終わらない

よくある説明では、
教師の役割は
「教える人から、支援する人へ」と言われがちです。

しかし、素案の書きぶりを丁寧に読むと、
単純な役割転換を求めているようには見えません。

  • 教えることが不要になるわけではない
  • 教師の専門性が軽視されているわけでもない

むしろ、

どの場面で、どのように関わるかを判断する力

が、これまで以上に重視されているように読み取れます。

つまり、
教師像が薄まるのではなく、
教師の判断が、より前面に出てくる
とも言えそうです。


学習者像も「理想像」から少し離れてきている

学習者についても、
「最初から主体的で、対話ができる存在」
として描くことには、
現場とのズレがありました。

素案では、

  • つまずきながら学ぶこと
  • 他者との関係の中で変化していくこと

といった、
現実的な学習者の姿を前提にしているような記述が増えています。

これは、
「理想的な学習者像」を掲げるというより、
成長の過程として学習者を捉えようとしている
変化だと考えられます。


現場的に感じる、期待と戸惑い

この変化は、
現場にとって期待でもあり、戸惑いでもあります。

  • 教師の裁量が尊重される可能性
  • 学習者の多様な姿を受け止めやすくなる期待

一方で、

  • 判断の責任が教師に返ってくる重さ
  • 正解が見えにくくなる不安

も、確実に存在します。

素案は、
そのどちらかを否定するのではなく、
この両立を前提にしている
ようにも読み取れます。


第2回の「目標」とつなげて考える

第2回で整理したように、
目標が「固定的なゴール」ではなく、
学びの中で育っていくものとして捉え直されるなら、

  • 教師は、目標を一方的に示す存在ではなく
  • 学習者とともに、目標を形づくっていく存在

として位置づけられていくことになります。

教師像・学習者像の変化は、
目標の捉え方の変化とセットで考える必要がある
と言えそうです。


おわりに

新しい学習指導要領(素案)が描こうとしているのは、
「新しい教師像」や「理想的な学習者像」を
一方的に提示することではありません。

むしろ、

  • 教師と学習者の関係
  • 学びの場での関わり方

を、
あらためて問い直すための視点
を示しているように感じられます。

その問いにどう向き合うかは、
現場の教師一人ひとりに委ねられています。

この第3回が、
これからの授業や学校の在り方を考える際の
一つの手がかりになれば幸いです。

第2回
学習指導要領について
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