目次
新しい学習指導要領(素案)から見える「人」の捉え方
~教師と学習者は、どう描かれ直されたのか~
※注意書き
※本記事は、新しい学習指導要領(素案)について、現場の教師の目線で整理したものです。
公式見解や結論を示すものではなく、一つの読み取りとしてお読みください。
「結局、教師は何を求められているのか?」
新しい学習指導要領(素案)に触れると、
多くの教師が、次のような不安や疑問を抱くのではないでしょうか。
- 教師の役割は、また変わるのか
- 今までの指導は否定されるのか
- 「主体的な学び」は、結局どこまで求められるのか
こうした問いは、
単なる制度の話というより、
自分自身の在り方に関わる問題でもあります。
だからこそ、この「教師像・学習者像」の変化は、
慎重に、そして丁寧に見ていく必要があります。
現行の学習指導要領が描いてきた教師像・学習者像
現行の学習指導要領では、
学習者は、
- 主体的に学びに向かう存在
- 他者と対話しながら理解を深める存在
として描かれてきました。
それに対応して、教師には、
- 学習活動を設計する役割
- 学びを支え、導く役割
が求められてきたと言えるでしょう。
この整理は、すでに多くの現場で共有され、
「主体的・対話的で深い学び」という言葉も、
特別なものではなくなっています。
素案から感じる「人の描き方」の変化
新しい学習指導要領(素案)を読んでいくと、
教師像・学習者像が、
大きく書き換えられているわけではありません。
ただし、文章全体から感じられるのは、
人を「役割」ではなく「関係性の中の存在」として描こうとしている
という点です。
- 学習者は、あらかじめ主体的なのではなく
学びの中で主体性を獲得していく存在 - 教師は、常に前に立つ指導者というより
学びの過程をともに調整する存在
そうした描写が、
以前よりも強調されているように感じられます。
「教える人」から「学びを支える人」へ、では終わらない
よくある説明では、
教師の役割は
「教える人から、支援する人へ」と言われがちです。
しかし、素案の書きぶりを丁寧に読むと、
単純な役割転換を求めているようには見えません。
- 教えることが不要になるわけではない
- 教師の専門性が軽視されているわけでもない
むしろ、
どの場面で、どのように関わるかを判断する力
が、これまで以上に重視されているように読み取れます。
つまり、
教師像が薄まるのではなく、
教師の判断が、より前面に出てくる
とも言えそうです。
学習者像も「理想像」から少し離れてきている
学習者についても、
「最初から主体的で、対話ができる存在」
として描くことには、
現場とのズレがありました。
素案では、
- つまずきながら学ぶこと
- 他者との関係の中で変化していくこと
といった、
現実的な学習者の姿を前提にしているような記述が増えています。
これは、
「理想的な学習者像」を掲げるというより、
成長の過程として学習者を捉えようとしている
変化だと考えられます。
現場的に感じる、期待と戸惑い
この変化は、
現場にとって期待でもあり、戸惑いでもあります。
- 教師の裁量が尊重される可能性
- 学習者の多様な姿を受け止めやすくなる期待
一方で、
- 判断の責任が教師に返ってくる重さ
- 正解が見えにくくなる不安
も、確実に存在します。
素案は、
そのどちらかを否定するのではなく、
この両立を前提にしている
ようにも読み取れます。
第2回の「目標」とつなげて考える
第2回で整理したように、
目標が「固定的なゴール」ではなく、
学びの中で育っていくものとして捉え直されるなら、
- 教師は、目標を一方的に示す存在ではなく
- 学習者とともに、目標を形づくっていく存在
として位置づけられていくことになります。
教師像・学習者像の変化は、
目標の捉え方の変化とセットで考える必要がある
と言えそうです。
おわりに
新しい学習指導要領(素案)が描こうとしているのは、
「新しい教師像」や「理想的な学習者像」を
一方的に提示することではありません。
むしろ、
- 教師と学習者の関係
- 学びの場での関わり方
を、
あらためて問い直すための視点
を示しているように感じられます。
その問いにどう向き合うかは、
現場の教師一人ひとりに委ねられています。
この第3回が、
これからの授業や学校の在り方を考える際の
一つの手がかりになれば幸いです。


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